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Jane's Walk in Kagurazaka [まちづくりイベント]

今年も神楽坂でJane's Walkを開催します。景観、コミュニティ、開発、漱石、道路拡幅の5つのテーマを設け、それぞれに分かれたコースを、ジェイン・ジェイコブスの視線で、ガイドといっしょに廻ります。神楽坂のまちづくりに関心ある方、ぜひご参加ください。
Jane's Walkはこの時期に、世界中の多くの都市で開催されます。
・4/28(日)11時~16時 集合:理科大森戸記念館
・参加無料

下記サイトもご参照ください。
https://janeswalk.org/

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京都四条通 歩きやすい都市デザイン [アーバンデザイン]

京都四条通、2年ほど前に、車線を減らして歩道を拡げ、歩きやすい道づくりを実施したところを見学。土曜日の午後、自動車通行は多いが、渋滞するほどではなさそうだった。歩行者数は中国人観光客を含めて非常に多く、歩道を拡げた意味は十分にあった。歩道空間のデザインも丁寧に、過剰ではなく、しっかりとなされていた。実施までの関係者のご努力は大変なものだっただろうが、行政と地元が本気になってやればできるのだと思わされた。

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四条通沿道の建築物は、壁面線と高さがそろい、建物間の隙間がない。さらに、袖看板がないことからこのように整然とした街並みになる。これをどう評価するかはいろいろな意見があるだろうが、格調の高さは表現されている。写真の手前は「沿道アクセススペース」で、短時間の荷捌きや乗降のために使用できる。

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急傾斜面上の住宅と路地 [世界のまちかど]

埼玉県和光市白子地区は、荒川低地に近く、武蔵野台地の周縁部にある。台地面と、荒川に流れ込む白子川により浸食された谷底低地が入り組んだ地形となっている。

この住宅地は、台地面と低地の間の急斜面上にあり、おそらく1960-70年代に開発されたものと思われる。道路というよりも路地の幅員は2-3m程度、急坂あるいは階段状になって曲がりくねっており、おもしろい。もちろん車は入れない。これだけの急斜面に高密度の宅地開発をしたということは当時の開発圧力が非常に高かったことを示している。接道条件をどのようにクリアしたかは、見た目ではよくわからない。

住宅の老朽化が進み、急斜面のため高齢者にとっての生活環境は厳しい。最寄り駅からは徒歩15分くらいかかる。斜面の路地のおもしろさを活かしたまちづくり、まちの更新がされることを期待したい。

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区画整理地区の広幅員道路 [都市計画]

 埼玉県和光市の区画整理地区。住宅地区になっており、中央部を貫通する道路幅員が約18 m(車道は約8m)と非常に広い。交通量は少なく、ときおり車が通るくらいで閑散としている。
その道路が周辺の既存道路と接続する部分は、既存道路との幅員合わせのためと思うが、幅員を絞るための幅広のゼブラが設けられている。
 そもそもなぜこんなに広い道路としたのか?現在の交通量としてはまったく不要である。道路がこんなに広くなければ、減歩率も下がったはずだ。広大なゼブラは単に無駄なスペースになっており、景観上もよくない。おそらく将来は外環からつながる幹線系道路とする計画なのだろうが、それも不必要に通過交通を誘発し、地域にとってはディメリットのほうが大きい。自動車交通問題を解決するための区画整理の時代はもう終わろうとしており、ましてやこの住宅地でこれはないだろう。

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坂和弁護士「都市計画制度の疲労と今後の展望」講演概要 [都市計画]

「まちづくりの法律がわかる本」を著された、坂和章平弁護士の講演を中心とした、比較住宅都市研究会に参加した。以下は講演の超概要。
(以下の文章は筆者が聞き取ったものをまとめたものであり、坂和弁護士の確認は取っていません。筆者の誤認である可能性があることに留意して下さい)

【50年を単位とした概観】
 今年は明治150年になるが、だいたい50年ずつ区切ると、社会の変化と都市計画の流れが見えてくる。
1868- 明治維新、近代国家形成の創始期。
1919- 旧都市計画法、大正デモクラシーから戦争、そして戦後復興へ。
1968- 新都市計画法、人口激増、高度経済成長、都市化と郊外スプロールへの対策。
 成長が当然の、ある意味幸せな時代。
2018- 人口減少、コンパクトシティへ。都市計画の制度疲労が生じている。
市街化区域の削減、空き地や空き家の増加。

【都市計画の制度疲労と対策】
 これから「母なる法」の都市計画法は、その枠組みは残るが実質消えていくのではないか。都市再生特別措置法や国土強靭化関連法などが取って代わる方向に。都市再生緊急整備地域に指定されれば、 なんでもありという状況になっている。今までは住民合意といっていたが、都心部には住民はなく企業のみ。どんどん拡大して特別措置法のオンパレードになっている。
 特措法の積極面として、国際競争のなかで、東京を国際金融都市とするため、国としても資金投下を集中していくというものがある。大阪では民間投資中心になっている。
 これからは特措法と国土強靭化関係法の影響が大きくなる。
 都市計画関係法制度の基本的な枠組みを大きく変える必要はない。
 日本では政権が変わらないので官僚も変わらない。そのため政策に継続性があるが、変わるのとどっちがよいのか。経済問題と都市計画をセットで考えている。
 今後は、都市計画契約的なものがでてくるのではないか。
 開発利益をどう捉えるか。固定資産税があがることではなく生産緑地が増えることが開発利益ともいえるか。
 同じ制度でも立場や見方によって評価は異なる。

【コンパクトシティ】
 これからは全国でコンパクトシティ、スポンジ化対策が進められている。線引き制度はあってもよいが、市街化区域の縮小が必要。
 立地適正化計画は100くらいの自治体が作った。コンパクトシティ一色で、中心部に都市機能を集約し、それに対して国が補助金出すというしくみ。その裏返しとして居住抑制地域を指定する。線引き、調整区域は守るはずが、なし崩しになっている。強制移住はできないし、誘導もお金かかるので、「なるべく移りましょうね」となっている。
 コンパクトシティに反対の人はいない。しかし居住抑制区域に住んでいる人に野垂れ死にOKとはいえないので、やや中途半端な状態。
 両親亡くなった後の郊外の実家をどうするか。原則として市街地を集約すべきだが、これまではそこに国は介入しなかった。空き地を放置しておく自由を認めないことは基本はよいことだが、行政の介入はどこまでか。現在、空き地、所有者不明土地は九州くらいの面積がある。相続のとき登記しないで放置されているものも多く、相続登記を義務付けるか。
 生産緑地法の改正、2022問題については、かつては農地を守るための生産緑地であり免税措置を講じた。30年経て、農地で残そうという方向になっている。今は市街地拡大の必要なし。 

【住民参加型都市計画・まちづくり・合意形成】
 住民参加型の都市計画は、その地域の住民に相当の知識や経験の蓄積がないと難しい。
 日本では公共の概念が低いことは課題。その裏腹として個人の権利主張が強い。土地取引で儲かるのがわかっているならみんなそうする。それが公共の福祉に資するかは誰もかまわない。
 東日本大震災のような広い面積の復興を短期間でどうするか?津波対策として高台移転はあるが、万里長城のような防潮堤は意味がない。逃げる体制をどうするかが根本。復興試案では大規模な高台移転はナンセンスと思う。しかし官僚機構とすれば復興庁などをつくり対策をやっておけば、国民からの批判は少ないという意識がある。復興需要が問題にもなり、土建国家的体質は残っている。過疎化が進んでいた津波被災地で区画整理やっても意味がない。
 阪神大震災では被災地が都市部で、復興の基礎となる知的レベルがあり、具体の地元提案や修正案があったところがうまく行った。法定再開発、区画整理の規模は比較的小さかった。
 東北では、経験の無い住民にはいきなりまちづくりできない。月に1回くらい東京から専門家が来る程度ではダメ。住民参加の実態分析が必要。住民参加はマジックワードだが、その中味や住民の能力はどうか?
 大阪都構想では住民投票が行われたが、実際その意味が分かる住民レベルか、判断力があるか?直接民主主義はどこまで機能するか。地区計画の提案制度も、提案できる住民能力があるか?阪神淡路震災復興ではまちづくり協議会に能力があった(ところがうまくいった)。

【景観法関係】
 景観法は、美しい日本をつくろうという声のもと安部政権1期目のときにできた。そのときは外国人観光客を1000万人以上呼ぶというのは実現できないのではと思われたが、中国の経済発展のおかげで達成できた。
 景観法で景観地区の指定は、制限が強いので誰もやらないだろうと思っていたが、芦屋が全市を指定した。他にはない。景観形成地区はどこでもやる。日本では、景観法、景観地区は使いこなせない。  芦屋はリスクを犯してやった。京都の景観条例もすごい。行政が本気になればできる。マンション業者もそれに合わせたほうが得という感覚でつきあっている。

坂和弁護士は率直大胆な語り口で、わかりやすく大変おもしろかった。また都市問題に取り組むに際して弁護士と都市プランナーの基本スタンスの違いのようなものが感じられ、興味深かった。

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大久保通り(都道放射25号線)拡幅問題 [都市計画]

神楽坂の中央部を通る大久保通り(都道放射25号線)拡幅について、1/7のTBSテレビ「噂の東京チャンネル」で放送されました。私は神楽坂で都市計画・デザイン事務所を運営しており、まちづくりに係わっているNPO粋なまちづくり倶楽部の副理事長であることから、地元関係者の一人として取材を受けました。数分お話し、実際にテレビに映ったのは10秒程度でしたが、それはともかくとして。

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大久保通り拡幅の現地で取材の様子。

都の計画では、現在は片側1車線・幅員18mのところ、片側2車線・幅員30mになります。この計画ができたのは戦後の昭和21年、東京が焼け野原となりその復興の姿として描かれたものです。その後、社会情勢は大きく変わりました。大久保通りの地下には地下鉄大江戸線が開業し、その自動車通行量はピーク時に比べて30%以上減少(センサスデータによる)しています。都内では自動車保有台数も減ってきています。

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建物が除却された、神楽坂交差点付近

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計画を表現した模型

 番組では、東京オリンピックを理由として眠っていた道路整備が進められることについての疑問、商店街の分断への懸念、立ち退かざるを得なかった人々がお気の毒であること、大久保通りの交通量が減っていることなどが報じられました。

 一方、道路整備にはこれから非常に長期間を要し(現在の用地取得率は10%)、その間は道路予定地は金網囲いの空き地とされること(区の協力があれば有効活用の可能性あり)、道路整備と沿道地区まちづくりがまったくリンクしていないことなどは報じられませんでした。

 放送では、大久保通り整備の理由として、都の回答として「都心部の道路(目白通り、外堀通りなど)通行の円滑化」が挙げられていましたが、都心主要道路の通行量も近年は横ばいか漸減傾向にあります(下図)。
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 放射25号線で、後楽園方面から神楽坂近くに至る整備、開通済み部分は、人も車もまばらな状況です。少数の通過交通に快適なだけで、地域を分断しています。これが21世紀の東京のあるべき姿とは、とても思えません。
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 自動車通行のための道路整備は既に大義を失っているのに、都市計画決定済みだから、事業認可されたからという理由で、時代が変化しているのに省みることなく進められています。しかも都市計画決定されているのはルートと全体幅員のみで、その内訳、すなわち道路空間の使い方~歩道や車道の配分など~は事業計画変更で可能なのです。将来の人々に恥ずかしくない公共資産として、道路空間の整備や使い方を見直すべきです。


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東京駅丸の内駅前広場 [アーバンデザイン]

東京駅丸の内側にできた、新しい駅前広場を見てきた。整然としていて歴史も感じられ、他にない空間であるが、それだけにちょっとがっかり。もったいない。何が、がっかりか。

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1. アクティビティが単調。ほとんどの人は写真を撮って、後は通り過ぎるだけ。滞在型のアクティビティはほぼゼロ。アクティビティを生み出す施設や空間構成になっていない。

2. 動線とビスタの計画が良くない。JR駅からの出口は北、南の2箇所あるが、いずれも出たところは広場の端で、地下鉄入口などが正面にあり、重たい庇が被さって閉鎖的。

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(丸の内南口を出ると、このようになっており、広場が感じられない)

本来なら「丸の内中央口」をもっと重視して、そこから出ると皇居方面にさっと視界が広がるようにすることもできた。東京の来訪者に対して、素晴らしいおもてなしになったのではないだろうか。もともとの東京駅を歴史的建造物として保存し、外から見せることを重視したから現在のようになったのだろうが、21世紀に駅舎と広場を大改修したのだから、もっと未来志向的な計画でもよかったのではないか。

3. 丸ビル、新丸ビルという商業施設と駅広の間に道路があり、行幸通りの歩行者空間と分断されている。その道路、本当に必要だろうか?必要としても、仕上げは歩行者向けとし、車は通行時間制限を設けることがよかったのではないか?そうすれば、広場と行幸通りがつながり、皇居に向けたシンボル的な軸線になるとともに、広場は商業施設に面するものとなった。少なくとも週末祝日はカーフリーにできないだろうか。

日本を代表する広場になれたのに、広さも機能もやや中途半端な空間になっており、もったいないと感じた。しかしこれからでも改善はできる。まずは広場に座って滞在することを楽しめる、ある程度格調あるカフェなど商業機能を入れて広場の縁をつくること、そして座る環境を快適にする中高木を配置することが考えられる。

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安藤忠雄展「挑戦」

先週12/3(日)に、新国立美術館の安藤忠雄展「挑戦」に行ってきた。
まず、ものすごい人出に驚いた。展示会にこれだけ多くの集客がある建築家は、他にはまずにいないだろう。手書きのスケッチ、暖かさのあるすばらしいものだった。これも手書き、鉛筆で精密に仕上げられた図面もすばらしい。

安藤の考え方、生き方には明確な個性と一貫性があり、それが改めて良く分かった。彼自身に対する挑戦であり、社会に対しての挑戦でもある。

光の教会の実物大が体験できる。傑出した作品には違いないと思うが、あえて言えば、キリスト教会はイエスの受容や慈しみを感じられるべき場所である。この極めてストイックでオブジェ的空間がそれにふさわしいのだろうか。雑念を排除した空間で精神が昇華するといえば、そうなのかもしれない。

また、屋外空間に対してはほぼ閉じており、地域の景観形成にはまったく寄与していない。教会は祈りの場であるが、もっと地域に開く、地域を受け入れるという考え方もあると思う。非常に内面志向の建築である。

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マレーシア ペナンの洪水

2017年11月4日、私たちはマレーシアの首都クアラルンプールからペナン島に向かった。昼ごろに到着したが、そのころから雨が激しくなり、断続的な豪雨となった。それでもその日はなんとかペナンヒルに行くこともできたが、夜になっても雨は止まなかった。ヒルへのケーブルカーは私たちが下山した後、土砂崩れのため3日間運行停止になったという。風雨は深夜になってさらに激しく、台風直撃の様相となった。翌朝、雨は収まったが、私たちが宿泊していたジョージタウンのThe Wembley Hotel 周辺はほぼ全面的に浸水し、深いところでは道路で膝上くらいまで水に浸かった状況となった。しかしそれでも比較的軽微な被害で、各地で土砂崩れ、道路陥没などがあり、避難者が2,000名近くに達し、死者もあったとのこと。ペナンでも滅多にないほどの被害となった。
 当初の予定変更を余儀なくされ、とりあえずホテル周辺で歩いて行けるところを見て回ろうということになった。看板などが落ち、床レベルが道路と店舗では室内まで浸水しているところも見られた。雨水排水の容量が少ないため、排水口から逆流しているところもあった。
 天気予報に反して幸いにも雨が止んだため、数時間後には水は引き、見たところは平常に近い状態となった。

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ペナン・ジョージタウンのストリートアート [世界のまちかど]

2017年11月、マレーシア・ペナン島のジョージタウンを訪問した。ジョージタウンはイギリス統治時代に建造されたコロニアル風建築や様々な宗教建築があり、2008年に街が世界遺産に登録された。その後2012年に、リトアニア出身のアーティストであるアーネスト・ザカレビッチが歴史的建築物に壁画を描いたことがきっかけとなり、現在では50点以上のストリートアートが街を彩っている。取り組みは比較的新しいが、今ではアートが歴史的建築物や構造物とあいまって、すっかり街に定着し、新たな観光ポイントになっている。
 特徴は、単に見る壁画ではなく、人が係わり、人もアートの一部になる体験型アートが多いこと。参加することで大いに楽しみが増し、自分だけのパーソナルアートになっていること。本人だけではなく同行する人たちの笑顔も、たくさん街にあふれていた。

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